無法パソコンネットの卑怯 懸賞金つきレイプ煽る -----------------------------------------------------------------  こんなに卑劣な連中が他にいるだろうか。  パソコンネットに個人情報を流し、女性に嫌がらせ。  しかも犯人は匿名に守られ、追跡できない。  こんな悪質な集団を放置すれば、必ず法規制の動きが出る。 (編集部 烏賀陽弘道) -----------------------------------------------------------------  彼女は怯え、疲れ果てていた。紺のジャケットのポケットから、懐中時計のような 携帯用防犯ブザーを出して握りしめる。ボタンを押すとけたたましい音が鳴って、周 囲に異常を知らせる、という。  「これがないと、怖くて表を歩けなくなってしまったんです」  彼女は22歳の大学生。仮にA子さんとしておく。彼女が怯えるのは無理もない。あ るパソコン通信のネット上に、実名入りで次のような告知が流されたからだ。  「A子をレイプした人には、賞金10万円を差し上げます」  そこには、A子さんの氏名、住所、電話番号に始まって大学・学部、果ては実家の 住所や電話番号までが添えられていた。A子さんは、自分ではパソコンも持たない。 このネットとも無関係だ。まったく知らない内にプライバシー侵害が行われていたの だ。  レイプ告知が流れているのを知ったのは偶然だ。たまたま同じ大学の学生にネット 会員がいて、A子さんに善意で知らせてくれたのだ。今年1月中旬のことだ。  この時を境に、A子さんの生活は完全に破壊されてしまう。   ●下宿引き払い、生活は破壊  夜は1人では眠れず、友人宅を泊まり歩く。夜、少しの物音にも怯えて泣き叫ぶ。 アパートから数分の距離を歩くのも不安だ。とうとう、2月下旬には大学近くの下宿 を引き払い、電車で一時間半かかる町へ移った。その費用で、就職活動に備えた貯 金35万円が消えた。  A子さんはいま、警察に被害届を出す一方、ネット運営者と告知を流した会員を相 手取って民事訴訟を起こす準備をしている。が、恐怖を拭い去ることはできない。  「取材を受けたり訴訟の準備をしたりしていることが分かったら、今度は実家に嫌 がらせをしてくるんじゃないでしょうか。怖いです。くやしいです」  大きな問題がある。こんな卑劣な嫌がらせが行われていながら、発言者はおろか、 ネット運営者を突き止めることすら難しいのだ。  このネットは「地上の楽園」という。都内に2本あるアクセスポイントの電話番号 。やはり都内の銀行にある口座番号と「ウインドファクトリー」なる事業者名。これ が「楽園」運営者の身元について分かっているすべてだ。電気通信事業法で義務づけ られている郵政省への届け出も、ネットの業界団体である「電子ネットワーク協議会 」への加盟もない。正体不明のアングラネットなのだ。  NTTと銀行に聞くと「顧客のプライバシー保護のため、照会には応じられない」 と言う。もうこれ以上は追跡ができない。人のプライバシー暴露で暴れる連中のプラ イバシーが手厚く保護されているのだから皮肉な話だ。  「たとえ弁護士会を通じて電話加入者を調べても、その人がネット運営者でない、 と言えばそれまで。まして発言者を突き止めるのは不可能に近い」  事件を担当する山口泉弁護士はそう話す。まず被告が誰なのかを特定するのが一苦 労なのだ。  「地上の楽園」はブラックネットの確信犯である。「完全匿名・書き込み自由・削 除なし」を売り物に「噂・ガセネタ大歓迎」を掲げる。つまり発言者が誰か知られる ことなしに、好き勝手な事をネットに流すことができるのだ。あまつさえ「メディア の吹き溜まり」を自称する。   ●嫌がらせマネする輩も  試しに、手元のパソコンから電話回線を通じて「楽園」にアクセスしてみた。一応 、画面上でこちらの氏名、電話番号や住所を尋ねてくる。が、全部デタラメを打ち込 んでも、問題なくネットに入ってID番号も取れた。看板通りの完全匿名制だ。  不思議なのはどうやって会費を取るか、だ。ある会員によると、会費は取らず無料 で運営されているのだという。  ページを開く。エロ情報。個人や企業への誹謗・中傷、攻撃。差別用語。おぞまし い言葉の数々が、どっとあふれてきた。  「都内の通勤路線での痴漢ノウハウ」「のぞきのできる女子便所情報」。会員の一 人が呼びかけると、他がぞくぞくとメールを寄せる。「痴漢・のぞき」「ロリータ」 と並ぶ「レイプ」のコーナーに、冒頭のA子さんの例も消去されずに残っていた。発 言者は「PRD00582(正成)」としか分からない。ネット運営者までがレイプ 告知を見て「すげえな、これ」と感想を書き込んでいるのだからあきれる。  A子さんへの嫌がらせを模倣したのだろう。名古屋市と町田市の女性の電話番号を 掲示して、いたずら電話をしろ、と煽るメールもあった。この女性に確認すると、最 近いたずら電話が増えて困っていた、とのことだった。驚いたことに、A子さんたち の所へいたずら電話をした、という自慢話が多数、また堂々と出ている。  実在のタクシー会社を名指しして「警察による不良タクシーのお墨付き」「道交法 完全無視」と誹謗する。「部落を抹殺せよ」「オウムを皆殺しにしろ」。そんな文言 が渦巻く。異常な世界だ。  「ネット上での会話は人間でなく機械に向かって書く。面と向かっては言えないよ うな過激な事を書いてしまう。車を運転すると人格が変わる人がいるのに似ている」  電子ネットワーク協議会の国分明男専務理事はそう分析する。   ●簡単に始められるネット  問題は「楽園」には300人を超える会員がいることだ。A子さんの例のように、不 特定多数にプライバシー情報が渡ってしまう。事実上マスメディアと同じ威力を持つ のだ。しかも内容をチェックする人は誰もいない。  そもそも「BBS」「ネット」とは何か。簡単にいうと、センターとなるホストコ ンピューターに電話回線で会員手持ちのパソコンをつなぎ、文書などのやりとりをす るネットワークだ。  電子ネットワーク協議会によると、日本には2000を超えるネット局がある。大はニ フティサーブ、PC−VANのように会員数が150万人を超えるところから、小は十 数人規模まで。小さいのを「草の根ネット」「草の根BBS」と呼ぶ。  ジャンルはスポーツ、音楽、資格、医療、グルメ、地域活動など様々だ。パソコン 上のサークル活動といった方が分かりやすいかもしれない。  ネット局を始めるのに大袈裟な機材はいらない。パソコンとモデム、電話回線さえ あればいい。アパートの一室でOKだ。ネット局の約八割は普通のパソコンがホスト コンピューター。75%は電話が5回線以下だ(同協議会調べ)。「楽園」も、ホスト はパソコンだ。そんな小さなネットをすべて官庁や業界団体が把握しようとしても不 可能に近い。  「レイプ告知を流した人物は法律の谷間をよく知っている。刑法に問うのは難しい のではないか」  ネット上の名誉毀損訴訟を担当する藤原宏高弁護士はそう見る。流された文章には 、A子さんの社会的評価を貶める文言もないので、刑法上の名誉毀損は難しい。A子 さんの住所と電話番号をネット上で公開しても、それが直ちに民事上のプライバシー 侵害にあたるかは微妙だ。  不特定多数に個人情報をばらまかれたこと。それも性的妄想の充満した集団に。そ の結果A子さんが精神的・金銭的損害を被ったのは事実なのに、犯人を罰することは できないのだろうか。   ●言論の自由の「真の」敵とは  「テクノロジーが進んで、法律が想定していない事態がどんどん起こりつつある。 ネットの世界には現行の法が適合せず、ルールさえ存在しない」  そう指摘する藤原弁護士は、新たな法律を作ってネットに規制をかけるよう主張す る。ネット運営者が文書の内容をチェックして責任を負うべきだ、という趣旨だ。  藤原弁護士がいま扱う損害賠償訴訟はこんな内容だ。ニフティサーブ上の「電子会 議室」で、論争がこじれたあげくに「金髪漁り」「嬰児殺し」などと、ある女性会員 を中傷する文書約170件が男性会員によって書き込まれた。これで名誉を傷つけられ た、として女性側が94年4月に200万円の損害賠償などを求めて東京地裁に提訴。ここ では男性会員のほかニフティが被告とされた。  「仲間内の冗談、戯言と同じレベルの発言が、簡単にマスメディアと同じ破壊力で 広まってしまう。簡単である分、ルールは厳しくあるべきだ」  一方、法権力の規制ではなく、自主規制で解決しよう、という動きもある。業界団 体の電子ネットワーク協議会がそうだ。理由はこうだ。まず、言論の自由を侵害する 恐れがある。次に法律化した場合、適当・不適当の判断が難しい。が、協議会が自主 規制を明文化したのは、今年2月である。ネット上での事態にルールが追いついてい ない。  冒頭のレイプ告知事件は、いつ誰が狙われるか分からない、という点で一種のテロ だ。防止のために法規制を、という動きがいつか出る。そうなれば言論の自由の危機 。「地上の楽園」のようなブラックネットは、言論の自由の敵だ。